第1回  ひまわりイベント@東京

2003223日(日)

 

☆参加者

ピースボート:ちょね こばえり さとみ いもさん 良白 いちや 伸くん わっしー あこ えり ゆうこ こにたん(35th

テンプル大学:ジェイ さき けんすけ ゴリ リオン

ゲスト:ティクレさん(エリトリア) アリジャン君(アフガニスタン)

 

 

世代、地域、国籍を越えて、自分たちの住む日本についていろんな角度から考え、改めて「日本」をテーマに話すことを目的に集まりました。

 

     「日本人」を表すキーワードは?? 

それぞれ3つずつ考えてきてもらいました。

 

1.本音と建前(茶を濁したような話し方をする。本音を隠す)

2.年功序列

3.無宗教(無神論―宗教との結びつきが弱い)

4.他人に合わせようとする(安易に、表面的に人に賛同する、自己主張が弱い)

5.シャイ(海外では知らない人でも挨拶を交わすが、日本ではあまりない。)

6.自分以外の事に無関心な人が多い

7.平和的(セキュリティ面ではアジアで一番)

8.やさしい

9.根本的な考え方が閉鎖的

10.外国人に対する法律が厳しい→若い世代の人々が法律を変えていって欲しい

11.外見重視、家柄や学歴(ステイタス)にこだわる

12.平和ボケしている

13.識字率が高い

14.政治に無関心(自分とは離れた世界と考えてしまう、選挙に行く人が少ない)

15.感情をあまり表に出さない

16.異質なものを受け入れない、同じである事に安心感を持つ

17.平和嗜好→けんか下手(意見が違っても面と向かって言えず、陰で言うなど)

18.ラーメン好き

19.曖昧

20.親子の間でもスキンシップが少ない

21.仕事のしすぎ

22.まねっこ好き(みんなと一緒じゃなきゃ不安)→出る杭は打たれる?

23.和(輪)を大事にする

24.国家意識があまりない、愛国心が薄い

25.マニュアル化したがる

26.欧米化、欧米文化を賞賛している

27.柔道などの“礼に始まり礼に終わる”という良い文化が廃れてきている

28.笑ってごまかす(困ったとき、分からなかったときなど)

29.“個”“自分”を持っていない、自分の意見を言う能力が乏しい

30.裕福→学校に行ける事が当たり前だという環境で、親に対する感謝の気持ち忘れがち

31.良い面でも悪い面でも“恥じ”がある

32.寂しがり屋

33.ナチュラルさに欠ける、つくりすぎ?

34.上辺の表面的な付き合いが多い、慎重な付き合い方をする

 

☆人との付き合い方編

−日本人は付き合い下手!?−

 

     昔は地域などでのつながりや交流があり、「日本人=社交的」というイメージがあった。今でも地方では人とのつながりは濃いが、都心では薄れてしまっている。

     近所で気軽に声をかけてくれる人が少なくなったり、子供を見てくれるなど、お互いに助けあうような近所の付き合いがなくなりつつある。

     マンションなどでもコミュニケーション少ない(人が集まっていても孤立しているという矛盾)

     周りに話をする人、相談する人が少なく、人の色々な面を知る機会が少ない。

     ゲーム、インターネットの普及で一人の時間を過ごす手段が増えてきている。

     駅や店、高速道路などでもどんどん機械化が進んでいる。

 

最近は機械化などで、人と直接関わらなくても暮らせる世の中になりつつある。駅の自動券売機や改札機、高速道路ではELTシステムの設置されるなど、例をあげればキリがないくらい。エレベーターの中でも「何階ですか?」と聞く事が少なくなったという意見がでた。これは他人と関わりたくない、しゃべりたくないという意識が表れているのではないだろうか…。海外では、まったくの他人同士でも気軽に挨拶をするのが自然なことのようだ。

 

「みんなと一緒じゃなきゃ嫌」という意識から、相手と違う意見があってもなんとなく相手に会わせてしまって、表面だけの付き合いをしてしまいがち。話の輪の中に入れなかったときの孤独感を味わうのが怖いので、自己主張をしない。あっても否定された時に自分が傷つけられるの恐れている。分からない事があったり、問題に直面しても、他人に良く見られたいがために愛想良く分かったふりをしたり、笑ってごまかしてしまう。こんな人が日本人には多いと、一般的に言われるのはなぜだろう?それは受身の教育や過保護な家庭環境などが影響しているのでは…という意見がでた。子供たちは親に守られ、失敗や挫折を味わわず、また様々なことを経験する機会が奪われてしまっているためにチャレンジ精神がなくなってきている。そして自分を出すことが苦手な人が増え、そんな「日本人」のイメージを作ってしまったのだろう。

 

 

☆教育編

−このままでいいのか!?日本の教育−

 

     授業は、ただ座って先生の話を聞くだけ。

     授業中に先生に質問しても、「後で」とか「しゃべったらダメ」と注意されることも…。質問のできない雰囲気が教室に出来てしまっている。

     国語の論文や文章題にも解答例などの答えがのっているのはおかしい。

     受験用の勉強で、丸暗記ばかり。

     ひとつのテーマについて話し合うなど、議論する事に慣れていない。

 

単に教科書通りに授業をすすめ、なんの工夫もない授業。そして、決められたカリキュラムを進めるでけで、生徒の質問に満足に答えられない教師。必死に受験勉強をこなすだけの教育に、子供は興味を持つのだろうか?

 

いつも答えが用意されている問題を解くことに慣れてしまって、自分で考え、自分の答えを見つける方法を、生徒達は知らない。議論することに慣れていないので、答えや意見を求められてもうまく答える事ができない。授業中、先生に当てられると目をそらしたり、「分かりません」「聞いていませんでした」と答える生徒が多い。そこからまた先生は話しをふくらまそうとしない。…今の日本教育の悪い所をあげればキリがない。こんな日本の教育を受けてきたせいで、自己主張が苦手な日本人が増えてしまった。アメリカなどは、生徒の議論で一時間が終わってしまうのはめずらしくないという。日本も「話し合うこと」を増やし、自分で考えて、自分の意見を言える機会を増やしていけば、受け身な生徒は少なくなるのではないだろうか。

 

 

☆日本の文化編

―日本の文化は廃れてきている!?−

 

     日本文化を知らない日本人が多い。(例えば…七五三はなんのためにやる?など。)

     欧米文化を取り入れたがる。

     いきなり新しい文化が入ってきたことで(日本は島国で閉鎖されていたので、入り方が極端だった)受け入れ方がうまくない、取り入れ方がわからない。

     海外の物がいい、日本の物はダメ、という意識がある

 

日本文化は廃れてきているというが、文化が進化して変化していくのは当たり前なのでは?むしろ日本は、外からの文化を取り入れ、適応、加工していく能力に優れていると思う。ただ加工するだけでなくうまく日本文化も取り入れてしまうのはすごいこと。最近は今までの日本文化でも、欧米文化でもない新しい文化があって、それがまだ文化として認められていないので(時代の流れが速すぎて認めるのに追いつかない)、単に日本文化が廃れてしまっていると否定的になってしまっているのではないだろうか。また、海外から様々な文化がはいってきたことで、人々接する文化の選択肢が増えたという意見もでた。能や歌舞伎を観る変わりに、映画やミュージカルを観に行ったり…など、単に日本文化が見捨てられた訳ではないが、後継者不足などの問題があるのも現実だ。

 

今の日本の状況をただ否定していても、前には進まない。新しい文化も認めて、将来につなげていかなければならない。また、武道や茶道、書道など“礼に始まり礼に終わる”という日本の良い文化を理解し、誇りを持つのも大切だ。自分の事を知らずに友人の事を知ることが出来ないように、日本文化も勉強していかなければ…。海外で、日本文化の事を聞かれた時に答えられなかったら恥ずかしいでしょ?

 

 

特別編その2

−日本で生まれ育っても…−

 

リオン君(アメリカ人と日本人のダブル)の話

 「日本人はダブル(一般的にはハーフと呼ばれている)はうらやましいって言うけど、どこが!?って思う。損な事も多いよ」と言うリオン君。

  日本人は外見をすごく重視する。黒い髪、黒い目、黄色人種…それ以外の人に対しては特別視をしてしまいがち。髪や肌の色が違うだけで“外国人=私達とは違う人種”と言う風に、日本人は無意識に壁をつくってしまう。リオン君は日本生まれ育ち、日本国籍を持ち日本の事しか知らないないのに、外国人として見られ、なんとなく肩身の狭い、窮屈な感じを受けていたそうだ。

 外見は“西洋人”に見られるのに、英語がしゃべらなかったこともあり、中学からカナダに留学。カナダは初めてだったのに、何の違和感もなくすんなり溶け込めたという。そしてカナダの人々も、国籍や人種に関わらず、リオン君を“ひとりの人間”として受け入れてくれた。生まれ育った日本では、特別視されていたせいで、なかなか溶け込めなかったと言うのに…。

ダブルはうらやましいと言うのは、単に日本人が外見を見ているだけ。ダブルは中立的というか、中途半端な位置にいて、受け入れられにくいのが現実。閉鎖的で外見やステイタスにこだわる日本人。外見ではなく、もっと中身にこだわって欲しい。髪や肌の色が違っても同じ人間なのだから…。

 

ちょねの話(在日コリアン3世)

「自分の国という場合、私はどこを指すのだろう??」というちょね。

ちょねは大阪生まれ育ちの韓国籍、在日コリアン3世だ。中学まで民族教育を受け、民族性の強い家庭で育ったが、自分の故郷と思うのはおばあちゃんの故郷の済州道でもなく、自分が生まれ育った大阪だ。けれど、日本の中ではいつまでも“韓国人”“朝鮮人”、もしくは帰化をして“日本人”になるという選択しかない。日本は未だに“日本人”もしくは“外国人”というカテゴリーしか存在しないからだ。すでに日本は多様化してきている。これからの日本がそれぞれのルーツや民族性を尊重し、多様性を認められる世の中になれば…と願う。

 

ジェイの話(インド国籍)

 「日本で生まれ育って、日本語が母国語なのに、お店で“ライス オア ブレッド?”と片言の英語で話しかけられたり“外人さん、来たわよ!どうしよう!?”と慌てふためく店員さんを見たりして、なんか複雑な気分」…日本人は“外国人”を意識しすぎなのでは?

 日本で生まれ育っても、外国籍の両親をもつジェイは、どんな手続きをしても日本国籍

をもらう事はできない。永住権が最高だ。ID(外国人登録証)があって、今ではサインだけでよくなったが、8年くらい前までは指紋を押していたそうだ。日本で指紋を押すというのは、今では犯罪者だけ。ということは、在日外国人も犯罪者のような扱いだったのか?日本は外国人に対して厳し過ぎる。

 

ちょっとまとめ。

昔からの法や考えが人々の意識に根強く残っていて、なかなか時代適応できずにいる日本人。グローバル化する世界で、ますます人の流れが激しくなっていき、日本人はその流れに適応していけるのだろうか?今後外国人労働者や難民などの受け入れなどの問題もあり、“日本人のアイデンティティが問われてくるだろう。そして、これからもっと外に開かれた日本になっていくために、若い世代の私達が努力していくべきだ。

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